綺麗事じゃできない!祖母の介護と向き合ってみて思った現実

おばあちゃんの介護




大好きなおばあちゃんの為なら頑張りたい!
だけど、この生活いつまで続くんだろう?
いつになったら介護から解放される?最近自分の身体も体調が悪いけど大丈夫だろうか?
たまにはゆっくり眠りたい、食事を取りたい…

こんにちは。
ブログ管理人のフクロウです。
本記事は、私が初めて介護を経験した内容を赤裸々にお話しています。

どんな形であれ、介護をされている方の中には様々な思いを持ち、取り組んでおられると思います。
なので、介護に正解も不正解もないと思っています。
ただ、どのように向き合っていくかはとても大切なことだと思うのです。

95歳になる祖母がいます

私には、95歳になる祖母がいます。
要介護度は3です。
認定調査員の人には、「4」くらいになるかもしれません、と言われましたが話し合ったところ「3」という判断でした。

要介護度「3」=一般的には、日常動作でほぼ全面的な介護が必要。認知症では問題行動が起こる。

介護を主にしているのは、私と私の母親です。
介護している身からすると、「4」と感じることが多々あります。

要介護度「3」と「4」では、一ヶ月の支給限度額が約4万円くらい違います。
これってけっこう大きいですよね。
これが現実でしょうか。

外部の人が来ると頑張る祖母

あるあるの話だと思いますが、家族以外の人が家に来ると何故かいつもと違い、頑張る祖母がいます。
これって家族に甘えているのでしょうかね。
知らない人が来ると、自分をしっかりと見せようとするというか…

なので、認定調査員の人の前でも頑張って、結果「3」というような認定になったことは否めません。
そんなところで頑張らないでよ、おばあちゃん。
といつも思ってしまいます。

こまめに症状をメモる癖をつける

そんなこんなで、頑張っちゃうおばあちゃんなので、私たちもしっかりと認定してもらうために策を練らないといけません。
そのひとつの方法として、日々のおばあちゃん日記をつけるようにしました。

我が家の場合、認定調査員の人と話す時間は約1時間以上ありますが、思い出しながら話すこともあるのでうろ覚えな時があります。
そんなとき、日記を付けていればそれを見返して話せますし、症状も細かく伝えられるので便利です。

認知症と厄介なうつ病

おばあちゃんは、認知症とうつ病を持っています。
認知症は、下記のような症状です。

  • 家族の名前がわからない
  • 自分の名前がわからない
  • 今どこにいるかわからない
  • ご飯を食べたことを忘れてしまう
  • トイレをしたことを忘れてしまう
  • いわれたことがあまり理解できない

など

すごーく稀に、会話のキャッチボールもできますが、出来ないほうが殆どです。
また、うつ病の症状はというと、

  • メソメソして泣いている
  • ずーっと下を向いてしまう
  • 死にたいと叫んでくる

うつ病の症状に関しては、曖昧な部分も多いのですべて把握しきれていませんが、看護師さんに初めに診てもらった時にいわれたのが「うつ病も入っているね」でした。
薄々感づいてはいましたが、「やっぱりか…」と思いました。

早く死なせて

鬱のおばあちゃんは、よく泣きながらいうセリフがあります。
それは、

  • なんで私だけこんな目に合わないといけないの
  • 早く死なせてよ

こんな言葉を毎日聞いていると「安楽死」のことを考えてしまいます。

飲みたくない薬を飲まされ、食べたくもない食事を無理に食べてもらい、食事が取れなければ点滴で栄養をあたえ(おばあちゃんの腕は紫色に腫れ上がり痛そう)、便が出なければ指を入れて無理やり出し、床ずれで夜も中々寝られず、トイレもすべて人にやってもらう、自分ひとりでは起きることもままならない。

挙げたら切りがありませんが、これでは個人(おばあちゃん)の自由がありません。

大事なおばあちゃんには長生きしてほしい
だけど、これは私たちの勝手な希望であり、本人の希望ではないこと。
そう考えてしまうと、どうするべきなのかわかりません。

現在日本では安楽死は認められていません。
どうやらスイスやオランダ、ベルギーなど外国の一部では安楽死が認められているようです。

うつ病はうつる可能性がある!?

うつ病はうつる」なんて話を聞いてことがありますが、うつる可能性があるとするならば主に以下のような理由が考えられます。

  • 共感によるストレスからの可能性
  • ネガティブな思考からの可能性

うつ病でも度合いやタイプによって、色々な症状があるようです。
一般的に良いとされる対応が「温かく見守る」ということ。
逆に、無理に何かを聞き出したり判断などを求める行為はNGとされています。

そう考えると基本的には、おばあちゃんに合わせてそっと見守り、共感し続ける必要が出てきます。
この共感は、いわば「相手を思いやる気持ち」とも言えます。
ただ、共感しすぎてしまうと危険なことに。

私も母も、おばあちゃんのことは大好きです。
だから、出来る限り近くで長い間、面倒を見たいと思っていますが、おばあちゃんのネガティブな言葉や気持ちが蓄積されすぎてしまい私たちまでどんよりネガティブな気持ちになってしまいます。

同時に、おばあちゃんに常に合わせているわけなので、ストレスもけっこう溜まります。
そうなると、時には食事も喉を通らなかったり、様々な面で私たちに支障が出てしまうことも。
これではいけないと思い、現在はもう少し軽い気持ちで捉えるようにしています。

3分に1回のトイレ

私が1番悩み、苦しんでいることは「おばあちゃんの頻尿問題」です。
15分に1回、5分に1回、ひどい時だと3分に1回でトイレといいます。
このせいで、夜もろくに寝れず寝不足状態が多いです。

幸い、母と二人ということもあり、だいぶ助かっていますが母も時期に70歳。
高齢者ですから、母のほうが疲れやすく体力はありません。
当然、私がメインとして介護せざるを得ない状況です。

もうひとつ幸いなことは、仕事は独立し個人事業主としてネットビジネスを行っているので、時間に融通がききます。
普通の会社員では、難しいことなので、このあたりはすごく助かってます。

母は乳癌の治療中

実は1番の心配事、それは「母親」のことです。
母は乳癌になり以前手術をしています。
有り難いことに、手術後の経過も良好で現在何事もなく過ごせていますが、薬の治療は続けていますし定期的に検査も受けています。

母が最近「抜け毛がひどいんだ」と言っていました。
過度なストレスか、ひょっとしたらホルモンバランスが崩れているのかもしれません。
ホルモンバランスの薬も飲んでいるので、おばあちゃんの介護で母親の体調が崩れないかが心配なのです。

おばあちゃんも大事。
ですが、母親も大事。
選べることではありませんが、もしどちらかしか選ぶことができないとしたら、私は母親を選ぶと思います。

ある日、突然の母親からの電話

ある日、パソコンの前で仕事をしていると、突然わたしのもとに電話がかかってきました。
母親からでした。

普段連絡をしてくるときは、まずメールやラインできて、それから電話が必要なら電話で話す。
という流れだったので、ただ事ではないと思いました。

電話に出ると、母は泣いていました。

泣きながら、

「おばあちゃんが話したいことがあるみたいだから変わるね」

と言われました。

すぐに「危ないのかも!」と思いました。
おばあちゃんは電話先で、

「○○(名前)?おばあちゃんもうダメだから皆で仲良くやっていくんだよ」

ボケで私の名前もわからなかった、おばあちゃんが私の名前を呼んでくれたんです。
何かを悟ったのか、極限に追い込まれたからなのか。
思わず泣きそうになりました。
おばあちゃんは耳がすごく遠いので、私の声は聞こえないようでした。

しばらくして、母が電話越しで話してきたので、
「すぐにそっちに向かうから」
と伝え、すぐに家を出ました。

二人とも限界だった!?

実家にすぐに向かいました。
この間にも、もしかしたら「おばあちゃんが死んでしまう
そう思うと居ても立ってもいられなく「心臓がバクバク」で冷静さを保つのに一杯でした。

久しぶりの感覚でした。
「祖父と父親」がなくなった時のことを思い出しました。
はやる気持ちを胸に、慎重に車を運転しました。

実家に着くと、母と祖母が二人で泣いていました。
祖母に少しでも長く生きて欲しくて、色んな言葉をかけました。
その日は、実家に泊まりました。

数日が山かなと思っていました。
結果からいうと、かなり弱っていたものの、幸い最悪の状態からは逃れることができました。
ひとまず安心です。

ただ、今回の件で改めて思ったことは、

  • おばあちゃんはいつ逝ってもおかしくない
  • 母は限界だった

ということを改めて実感させられました。
特に母は、人前では泣いたところを見たことは殆どありません。
父と祖父が亡くなった時くらいです。

そんな母が涙を見せるなんて、限界だったのだと思います。

安楽死を望むなら

前述で、安楽死のことについて少し話ました。
もし、祖母が安楽死を望むなら受け入れるかもしれません。

本人が1番辛いでしょう。
ただ、介護する側も辛い。
双方にとって何も良い事がないのです。

大切な家族が亡くなるのは当然辛いことですが、本人が望むことなら楽にしてあげたい。
そう思うのは私だけでしょうか。

そして、母の体調も気にかける必要がありますから、こんなこと言いたくありませんが優先順位をつけるしかありません。
これは私の中で仕方のないことだと思いました。

後悔はしたくない

私の父親は、わたしが学生の頃、自殺して亡くなりました。
祖父は、老衰で亡くなりました。

生前、よく「お酒を一緒に飲もう」と誘われていましたが、忙しいを理由にあまり相手にしていませんでした。

「父親、祖父が生きている時にもっとこうしておけばよかった」

と何度も思ったことがあります。

人は亡くなってから、気づくことが沢山あります。

出来るだけ後悔しないように、おばあちゃんに接してあげたいのです。
そして、おばあちゃんが少しでも「頑張って長生きして良かった」と思ってもらえたら本望というもの。

ただ、私たちの生活もあります。
介護する側の負担はとても大きいです。
実際に介護をする身になって実感しました。

母が限界を感じているように、私にも限界が来ると思います。
そうなったら施設なども視野にいれる必要があるでしょう。

介護に正解はない

介護問題は、今後切っても切れない存在になってくると思います。
今回、祖母の話がメインでしたが母親の介護もすぐに必要となる時が来るでしょう。
そうなった時に、どういった決断をすればよいのか、今の私にはわかりません。

  • 「今まで育ててくれた母親を見るのは家族として当たり前」
  • 「親を見ている余裕なんてない、自分のことで精一杯」

どちらも家族で話し合って決めたことなら正解なのかもしれませんし、そもそも正解なんて存在しないのかも。

ただ、私が今思うことは、

「後悔しないようにしたい」

それにつきます。

人気介護で退職を考えた結果、私が選んだ道は家族にとって吉でした。







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